|
|
>>しかし考え方を変えれば、「撮って現像したフィルムは残る」
なるほど!すっかりその事を忘れておりました。
まさに、フィルムをコレクション然とする(つまり、集めたものの残量が減っていくにしたがい勿体なくて、本来写しておくべきだったものを写さずにフィルムの所有量にこそ主眼を置く)考えになるところでした。
我々は此を契機に、さらに自らの目をみがき、必要とあらば躊躇せず記録すべきであると。
そして、我々の寿命の先がみえるか、フィルムの在庫が底をつきたとき、我々のみに許されたもう一つの楽しみが始まるわけですね。
我が輩様が、いつぞやの雑文にて(写真は撮れなくなっても)鑑賞する楽しみがのこっている、という内容を書かれておられましたがタイトルまでは思い出せませんでした。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090726-00000506-san-soci
|
|