御蔭様で、ブレヒト小屋での洪氏の版画の展示と詩の朗読パフォーマンスで、大変有意義な時間を持ちました。洪氏の版画は、展示場で展示しているような形では配置されていませんでした。俳優達の詩の朗読が、「ひとがひとを呼ぶ」と洪氏が呼ぶにふさわしい世界を生き生きと想像させてくれたからです。洪氏が言うように、「絵は生きて動く。必要となる現場に行く。集会やデモのなかにも行く。そうでなければ生きた絵ではない」。たしかに、洪氏の版画は、演劇の空間と声と身体によって、強烈な象徴性を獲得していたと思いました。東北震災の被災地と福島の人々の印象深い映像が飛び込んできましたが、後できいた洪氏の突き刺さるような言葉に揺さぶられました。“福島原発事故”は“福島核発電所の爆発事態”というべき」であり、国家の暴力は「言語の歪曲」からはじまる、と。まさに、With the violence in State, the distortion in language goes hand in handということでしょうか。後半のパネルディスカッションでは、<光州コミューン>と呼ぶ<抵抗の共同体>のことが問題提起されました。洪氏曰く;それは、血で結ばれた共和国。つまり、ひとつの釜で飯をくう人々のつながりのことである。キリストのパンを分けワインを飲む共同性と同じといえる。暴力の鎮圧のために、共同性で語ることは中々困難。だから、記憶すること自体が、闘争であり希望である」ただし、「現在は、記憶することが権力に結びつくという大変厄介な状況に直面している」とも指摘なされ、厳しい状況に警告を発していました。政治と芸術、この両者は、洪氏のなかにおいて互いに切り離せない関係にあることがよく理解できました。「版画というのは、皆と分け合うもの。ゴム板と百円の彫刻刀でつくった私の版画を、芸術と考えたことが一度もない。むしろ、それはチラシやビラの役割を果たすものであった。光州のことを皆に伝えたかっただけ。一枚彫っておけば、なくなるまで刷り続けることができた」。この点にかんしてですが、舞台というのも、純粋で自立的な芸術性に還元できない、なにかチラシ的ビラ的コミュニケーションの形にほかならないと、これは一考の価値がある仮説ではないでしょうか。洪氏が「故郷」と肯定的に呼んだ、小さく黒い箱のようなブレヒト小屋ならではの、「ひとがひとを呼ぶ」世界の開示となりました。