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【巨大・新庁舎に組み込まれている延岡市長の悪質性】

 投稿者:松下潤治良  投稿日:2016年12月26日(月)10時05分33秒
  11月19日、延岡市の巨大新庁舎の完成を祝う記念式典が催された。和太鼓演奏やテープカット、市長から関係業者への感謝状贈呈など盛大なセレモニーだった。78億円の巨費を使った新庁舎は、吹き抜けのある贅沢なエントランス、市民スペース、授乳室やキッズ広場、客席80席の大レストランなど多機能で贅沢な造りとなっている。市長は、市民の皆さんの利便性を考えた市役所だと繰り返す。さらに市長は「『市民のため』の防災拠点となる市役所だ。後世の『市民のため』の100年間は耐える堅牢な市役所だ」と胸を張る。ひたすら「市民のため」を考えた結果が、建設費が膨れ上がった一因だと理由づけしているようにも聞こえる。(因みに市長室には市長専用の立派なシャワー付き浴室が設えてある)
延岡市は県内26市町村の中で最も人口減少幅が大きい。国の試算によれば、約40年後の平成72年には現在の約半数の7万人台へと落ち込む。そうした中、市長は何故、100年後も耐える巨大市役所を造ったのか。今後の人口減少に伴い、巨大市役所は相対的にさらに巨大化し、建物の多くの部分が無用の長物化していく。そんな巨大市庁舎をどう使いこなしていくのか。さらに人口減少で税収が減る中、この巨大・多機能な建物をどう維持管理していくのか。これから延岡市民を苦しめ続けることになるのは明白である。

首藤市長は「新庁舎の完成は市民の皆様と『関係各位』の温かいご理解とご支援の賜物であります」と夕刊ディリー(11月18日)の紙上で挨拶しているが、市民が理解し支援したというのは嘘。巨大かつ贅沢な新庁舎建設に対しては、「贅沢な市庁舎はいらない」「税金の無駄遣い」との声が渦巻いていた。故高木市会議員はブログで「機能的な庁舎で十分」と主張していた。市長は人口減少の中での巨大市役所の建設が今後、大きな負担をもたらすことになることが、分からないのだろうか。否、百も承知している。その上で、それには言及せずに、「市役所の巨大化や贅沢化は、市民の皆さんの利便性のため、市民の皆さんの安全、防災拠点のため、100年後も市民が使えるため」と「市民皆さんのため」という言葉を連発。表で善人市長を装う。その裏では自分の「私的利益」のために知恵を凝らし権力を行使する。では、巨大かつ多機能・贅沢な新庁舎の建設の裏に隠された首藤正治市長の「私的利益」とは何なのか。

その一つ目は、「自分を誇示する」ためである。首藤市長は自己顕示欲が異常に強い。延岡市の身の丈以上の巨大イベントの開催や、この巨大にして豪華な新庁舎建設は、その最たるものだろう。巨大市役所建設のもう一つの目的は、自分のため「選挙対策」だ。「(市長さんのお蔭で)立派な市役所が出来ましたね」「本当に良い市役所が出来ました」と言う老人たちをテレビが放映していたが、同様に感じる市民は多いだろう。市民広場やキッズ広場・授乳室、そしてレストランを利用する市民たちも、「首藤市長のお蔭」と思う可能性があり、選挙では彼に投票する流れとなる。首藤市長は、この贅沢な巨大庁舎の建設によって、①自己顕示欲の充足と②選挙対策という2つの私的な利益を獲得することができたのだ。

その2つ目。実はこの私的利益こそ、首藤正治市長が狙う最大のものである。庁舎建設の規模を大型し、建屋内容を多機能・贅沢にすればするほど事業費が膨大化する。その分、市長として、建設設計者・工事業者・資材や備品納入者など「関係各位」への仕事を、より多く配分してやることができることになる。ところで、元宮崎県知事、安藤忠恕氏は任期途中で失職した。理由は、公共事業に絡む建設業者間の仕事の配分がこじれ、不満業者のタレコミで官民癒着が表面化したためである。ある意味正直すぎた元知事に進言するならば、「延岡市長のように公共事業の規模を拡大し、安全対策を最大化し、建屋内施設を多機能・贅沢にし、事業費を膨大化すればよい」ということである。例えば、50億円が適正な新庁舎建設を78億円へと事業費を拡大すれば、公共事業に群がる「関係各位」のすべてが満足する仕事の配分が可能となるかもしれない。「関係各位」との間に、「首藤市長は仕事をくれる。次の選挙も首藤さんに」という絆が生まれる。市長と「関係各位」との間に「合法的な癒着関係」が築かれて行く。

新庁舎建て替え事業に見られた事業費の膨張は、首藤市長による他の公共事業でも見られる。新火葬場、最終処分場、延岡駅複合施設などの建て替え事業にも、事業の大型化や贅沢化による「自分のため」の巨額の税金投下が行われている。今後も、城山再建や内藤記念館建て替えなど大型工事が予定されている。因みに首藤市長が実施してきたのは、失敗に終わった複合施設・ココレッタ以外はすべて「既存施設の建て替え事業」である。その理由は、新規事業には事業そのものの失敗の恐れあるが、建て替え事業にはその心配はなく、安心して事業費の膨大化ができるからである。
明確なことは首藤流の「建て替え」公共事業の大型化は、市長を支援する関係業者の懐を豊かにするが、一般市民の懐は豊かにしないということだ。首藤市長は公金である税金を、自ら大型化した公共事業というフルターにかけて「関係各位」の懐に流し込んでやっていると言えるだろう。首藤市長の公共事業の大型化や贅沢化は、財政を悪化させるだけで市の発展にはさほど寄与しない。それどころか、すでに述べたように今後は、人口激減で細りゆく財源の下で大型かつ贅沢な公共施設を維持管理していかなければならない。首藤市長による財政悪化と大型施設群のこれからの困難な維持管理。その付けは高額な市長報酬を得ている本人ではなく、貧しい多くの市民に回される。これは極めて不条理なことだ。

悪人には二つのタイプがある。悪党と詐欺師である。悪党は外見や言動から見分けがつくので用心する。一方、詐欺師は頭が良くて話がうまく、相手を信用させて長期間にわたり騙す。被害が分かった時には手遅れの場合が多い。「市民の皆さんのため」と言いながら、「己の利のため」に、公共事業を大型化・贅沢化し、財政悪化と巨大施設の維持管理の負担を市民に負わせる首藤市長の手口は詐欺師的である。ついでに言えば、詐欺師は相手を信用させるためにまず学歴や身分を偽るが、首藤正治市長にはその必要はない。

追記: 新庁舎の事業化の経緯にも、首藤市長の悪質性を見ることができる。平成26年の三期目の市長選の決起集会で、そしてマスコミ各社にも「県内の首長から『庁舎建設に手をつけると選挙で負ける』と言われたが、私は損得を考えずにやってきた」と声を大にした。しかし、これは票を増やすために自分を立派な人物に見せようとする詐欺師のやり方だ。その4年前の2期目の市長選は、平成22年に行なわれた。当時すでに、新庁舎建設の話が持ち上がっていたが、その際、彼が発表した60項目に亘る膨大なマニフェストの中に、「新庁舎建設」はどこにもなかった。選挙で負けることを恐れて隠したのだ。再選された彼は、その直後に九保大副学長を委員長とする「新庁舎建設検討『市民懇談会』」を設置し、「関係各位」の一部とともに、新庁舎建設を既成事実化していったのである。その彼が、ほとぼりが冷めた4年後の選挙で「県内の首長のアドバイスも聞かずに、損得を考えず庁舎建設に手をつけた。これが私の誇り」だと嘯いたのだ。新庁舎建設が争点になるはずの選挙では庁舎建設には一言も触れずひた隠しにした首藤市長。これらの事実の中にも狡猾な人騙し、詐欺師的な首藤正治延岡市長の姿を見ることができる。

権限と財源を握る市長の力と影響力は絶大だ。その市長が、「市民の皆さんのため」と言いながら、実は「自分のため」に知恵を凝らして、事を進めるならば、そうした詐欺精神は市の職員や「関係各位」にも伝染する。延岡市が活気を帯び、発展する道理はないのである。



 
 

【宮崎県延岡市】自己利益を隠す首藤市長のイベント中心の市政運営

 投稿者:松下潤治良  投稿日:2016年 4月18日(月)07時21分59秒
  第15回「エンジン01文化人戦略会議オープンカレッジ」が11月21日から3日間、延岡市で開催された。チケット完売は過去の開催都市より早く、会場も大いに盛り上がったと報じられている。延岡市長は「①『市民総力戦』の結果の大成功だった。②市役所だけでなく民間ボランティア、沢山の団体、企業の皆さんに支えて頂いた結果だと思う」(夕刊デイリー11月25日)と話している。首藤市長は人間的に問題がある人物だが、その一つが嘘と巧妙狡猾な言葉遣いで人々を欺くことである。人間は他人の幸せのために知恵を凝らし虚言を弄することはしない。秘められた己の利益のために戦略的視点から嘘や巧妙狡猾な言葉を駆使し、人々を欺き自分に都合の良い状況を作り出そうと企むのである。

さて、首藤市長は上記①で、「市民総力戦」という言葉を遣っているが、質の悪い嘘である。その証は②の説明の中にある。「総力戦」に参加した内訳を網羅しているのだが、その中に、「市民」という言葉はない。このイベントへの戦闘員は、市役所職員、民間ボランティア、沢山の団体、企業の「皆さん」である。後述するが、市長が言う「民間ボランティア」は、一般的な「市民ボランティア」とは異なる。ここで、市長の「嘘」を数字の上から明らかにしたい。今回のイベントには5千人超が動員されたと言われる。5千人は大人数だが、それでも13万市民の4%に過ぎず、市民の96%は「総力戦」に参戦していないのだ。講座に参加した市民も数%だろう。今回、「市民総力戦は」全く存在しなかった。

市長は「市民が主役」「市民協働」を標榜するが、この「市民」の中に「一般市民」は含まれない。新庁舎建設の決定でも、「(一般)市民」は蚊帳の外に置かれた。今回の「エンジン01」でも、主役は首藤市長で市職員と各種団体が協働した。延岡市は都市活力の指標とされる人口動態で県内一の減少を続けている。要因の一つとして、首藤市長の言葉とは裏腹の「市民疎外」の市政運営を挙げることができるのではないだろうか。全体の数%だけが市長と協働し、90数%の市民が埒外に置かれるような市政運営で都市「全体」が活力を帯びる道理はない。

話を戻す。「エンジン01」の興行誘致を考えたのは首藤市長である。今年1月に11月開催を公表。2月には、市や商工会議所などの団体からなる実行委員会を設立。その下に実働部隊7部会を配した。「これまでの開催地に負けない大会にする」。さて、延岡市には2年前に興行誘致した「東京ガールズコレクション」の際に結成された、ボランティア団体「延岡サポートネットワーク実行委」という、通常の「市民ボランティア」とは違う「民間ボランティア体制」が常備されている。また、メディア取り込みに長けた首藤市政は、何か事を行う際にはそのメンバーに必ずマスコミを組み入れる。今回もイベント盛り上げの広告塔として最大限に利用した。このイベントには5千人超の人間が動員されたが、特異なのはチケット販売とイベントPRのために市長自ら、市役所OB二人に「特命の辞令」を手交したことである。市長率先、関係者協働の必死の推進態勢によって、「チケット早期完売」と「盛り上がり」が実現したのだが、延岡市にはこのほかに、盛り上がりをもたらす特有な状況が存在する。

延岡市民は「延岡には行く所がない」と言い、休日には大分市や宮崎市に流れる。延岡市民には日ごろ市内で楽しむ選択肢がなく、楽しみに飢えている現実がある。イベント、中でも有名人に会える「エンジン01」は市民たちにとって、喜びは大きく、そこへ集中し会場が熱狂的に盛り上がるのは自然の流れなのだ。首藤市長はこれを「市民力」と言うが、楽しみのない市民生活の裏返しでもある。市長は、そうした市民たちを喜ばせ人気を取ろうと目論み、イベント事業を頻繁に行う。首藤市長がイベントを行う、今一つの理由は、街や市民生活が良くならない現状への市民の不満、さらに、市長が主張してきた「高速道開通で延岡市への企業誘致が進む」などの「延岡バラ色」の期待が、実現しないことに対する【市民の不満を逸らす】ためである。市長は自己利益に繋がるイベント偏重の市政を止め、優先度の高い政策へ軸足を移すべきである。

さて、市長はイベント終了後の市議会でも、「初期の目的を上回る成果が得られた。チケットは完売し、大変な盛り上がりだった」と答えている。その目的のために5千万円の税金と5千人超の人員が投入された。仮に、日給1万円、実働3日間としても1.5億円。準備は2月から始まっており、実際はこれ以上の人件費が投入されたはずだ。最終的には数億円の人件費が、このイベントに投入されたことになる。このイベントのメリットとして大会参加者からは、「心の活性になった」「今後も企画してほしい」など喜びの声が聞かれる。そして、有名人による延岡情報発信の期待もある。一方その裏に、多額の財政支出と、そこに投入された多くの市職員や関係者たちの表に出ない膨大な人件費が費やされた事実がある。そこを勘案した真のコストパフォーマンスを算出し、イベントの是非を総合的に判断すべきである。

昨年、日本創成会議は10年~40年の間に若年女性の減少率が50%以上の自治体を「消滅可能性都市」として位置づけた。延岡市のそれは46%。四捨五入すれば50%であり、延岡市の将来は「消滅可能性都市」に位置付けられてもおかしくない危機的な状況にある。そんな中で、市長たちは「チケット完売」「盛り上がった」「イベント大成功」と喜んでいるが、13万都市の市長が、全身全霊でイベントに入れ込み、イベント盛り上がりなど些少な出来事で欣喜雀躍していて良いのだろうか。延岡市の最重要課題である「延岡新時代創生総合戦略」への寄与について、しっかりと検証し、次へ活かすべきだろう。

これに関し、市長はイベント終了翌日、市HPの「市長コラム」に「延岡市の発展に向けて烽火を上げるようなイベントになった」と書き込み、このイベントによって延岡市の発展が始まるような言い方で市民を惑わかしている。自己利益への巧妙狡猾な言葉遣いである。彼の心の中で、人を騙す詭弁的な言葉遣いが常習化してしまっている。続けて、「多くの市民、市職員らが不眠不休で頑張ったことは・・・」と書いているが、嘘の繰り返しだ。 「(一般)市民」は不眠不休で頑張っていない。さらに、「一夜明けて、職員の皆の、ちょっと疲労の色がありながらも、『輝く顔』を見て大きな宝が生まれたと実感した」と続くが、市長賛美へ至る職員賛美の作文だ。

ところで市のHPに、平成25年4月12日に書かれた、「東京ガールズコレクション(TGC)」に関する「TGC大成功!」と題する「市長コラム」が残っている。そこで、「TGCに関わった市職員は体調を崩す人が続出だ。皆には苦労をかけた」とさらりと述べている。市長は、今回は「職員の顔が輝いて見えた」と褒めたたえるが、市職員だけでなく、体調を崩す関係者が続出しないのだろうか。首藤市長が、「盛り上がり」を求めるイベントは多額の財政的支出とともに膨大な人的エネルギーを奪う。「一将功なりて万骨枯る」。延岡市全体」の活力が衰退するのは当然である。県内第一位の延岡市のイベント事業数。県内第一位の人口減少数と相関していないのだろうか。

市長は「情報発信力の大きな著名人が集まる『エンジン01』を成功させて、『延岡のイメージを変えよう』」(市民と語る夕べ)と知名度UPを強調する。そして、食のサミットや02、03などのイベントを次々に実施する計画だ。しかし、イベントで知名度は上がっても、実質以上にイメージを変えることはできない。重要なのは延岡市の魅力を地道に高めていく、真の「市民総力戦」だ。今回、堀江貴文氏は「知名度の低さや不便さを弱点とし、アクセスが悪いからと言い訳にする。そんな発想で不便を便利にしても大都会には敵わない。発想を変えなければならない」と指摘した。首藤市長は堀江氏の諫言を受け入れるべきだ。とその前に、エトス化している自己利益を秘めた嘘や虚偽的な巧言を止めるべきである。権限と財源を握る権力者の自己利益を隠す虚言癖や虚偽的な巧言癖は、市の職員や関係者、そして市民の「心」に悪影響を及ぼし、「地方 創生」に向けた「市民総力戦」を困難にする。首藤市長には「正直で分かりやすいな言葉」と「思惑のない真心の市政」が切実に求められる。
松下潤治良

 

明けましておめでとうございます

 投稿者:simon(管理人)  投稿日:2016年 1月 1日(金)00時28分35秒
    晴天で比較的暖かいお正月となりました。今年も長尾県議の活躍を支援できるホームページとしてまいりたいと思います。よろしくお願いします。  

東九州道開通が浮き彫りにする首藤延岡市長の欺瞞

 投稿者:松下潤治良  投稿日:2015年10月 8日(木)13時59分2秒
  首藤市長が、今から約8年前の平成19年1月2日の市長コラムで「初夢」というコラムを書いている。「①東九州自動車道も平成26年にほぼ全線が開通した。②平成の大合併に端を発して延岡市を中心とする『東九州市』が実現し、人口23万人の特例市として交通の要衝となり  経済も大いに発展している。③夢は実現させるもの。さあ、みんなでがんばりましょう」。さて、その夢は実現したのか。彼が実現するとした  平成26年の姿と、その1年後の平成27年の現実との違いを上記の番号順に検証する。① 東九州道と横断道の開通状況はほぼ一致する。これは、国交省の開通予定に従って書いているのだから、当然である。②一方、彼が実現を目指した人口23万人の「東九州市」は実現せず、それどころか、13万人台だった人口は12万台に激減、経済も衰退している。実は、彼は1期目の公約にも、日向市と門川町を合併する20万都市構想を掲げたが、両首長に「そんなこと聞いたかなー」と言う程度のことしかしていない。なぜ自ら努力しないのか。「平成の大合併に端を発して」と書いているように国の道州制推進と更なる大合併政策によって、ほぼ自動的に2市1町の合併が進むことを期待し、それに【便乗】し自分の成果にしようと考えたのだ。しかし、国の動きがなかったので自分も何もしなかったのだ。国や県の動きや他人の努力に関与し、それに【便乗】し、自分の成果だと宣伝するのが首藤市長の常套なやり方である。

さて彼は、「延岡に高速道路がないことが発展阻害の最大要因だ」と市民に強調し続けてきた。「高速道路がないから企業誘致一つできない」「延岡の有効求人倍率は大分市の半分しかない。理由は高速道路がないからだ」。高速道のトンネル開通式では「このトンネルの向こうに輝かしい地域の将来がある」と挨拶する。平成20年7月7日のコラムで「高速道路以外にも力を入れて欲しい」との市民の声に、次のように主張している。「延岡の最大課題は人口減少。働く場を増やすため企業誘致にも精一杯取り組んでいるが進まない。高速道整備の大きな目的は企業誘致だ」。彼は「高速道路開通⇒企業誘致が進み雇用が増え経済が活性化⇒延岡市が発展」との三段論法を構築し、高速道路要望の必要性を強く説く。高速道路のデメリットには触れるのは御法度だ。当然、高速道開通に備えた施策は等閑にされる。「高速道路がくれば延岡はそれだけでバラ色になる」との大義名分の下、高速道路要望活動に全身全霊で頑張るのが私の使命だと自分の市政を正当化する。

なぜ、彼は要望活動に熱心なのか。三つの私的理由が考えられる。その一つ目は、国の高速道路事業に要望活動という形で絡むことにより、「高速道路開通」という国の成果を「自分の要望活動のお陰だ」として自らの成果として誇示できるからだ。実際、3期目の市長選では、「高速道路開通に自分の関わりが力を果たした」(朝日新聞、平成26.1.25)と誇示・宣伝した。予定より遅れれば、「さらに要望活動に力を入れる」と言えばよい。二つ目は、要望活動はマスコミが大きく取り上げてくれる、すなわち自身の売名、顔売りに極めて効果的だからだ。さらに、建設業者や関連企業、多くの団体組織からなる期成会の大会や集会で高速道路の必要性を訴えれば、彼らは自分を支持し、選挙になれば、強力な集票マシンとなる。三つ目は、要望活動は快適な仕事だからだ。対決的な要望をする訳ではない。何回も訪れる国交省や国会議員は気心の知れた仲間内。緊張感のない八百長陳情旅行なのだ。往復の飛行機、電車の旅は快適だ。宿泊先では飲食を楽しめる。陳情に名を借りた、税金を使った無銭飲食・無銭旅行とも言える。また、パフォーマンス性の強い要望活動は彼の自己顕示欲を満足させる。

首藤市長は「高速道路の他にもやることがある」との市民の声に対し、「高速道路が来さえすれば延岡は栄える」との考えを広める。従って、高速道に備えた前向きの事業は実施されなかった。実施されたのは、更新時期が迫っている市役所や火葬場などの建て替え事業と市長肝いりの大規模のイベントや大型の会議や集会だった。さて、そんな中、延岡市~宮崎市間の東九州道の開通の1年前ほどから、それに対する備えがマスコミなどで話題になりだした。これに対し彼は、「高速道路時代を迎えるに当たって、09年に『新生のべおかプロジェクト』を作成し取り組んできた」(宮日H25.1.9) 「東九州道や九州中央道の開通を見据え、延岡市では『新生のべおかプロジェクト』を作成し街の魅力向上に取り組んでいる」(同2.2) これらは首藤市長特有の世間を欺く狡猾な嘘である。作成年の09年は、彼の2期目の市長選の1年前である。プロジェクトと称するが実体は選挙マニフェストである。この多色刷りのパンフレットを大量に作成・配布し、 「街づくり懇談会」などで、選挙運動に役立てたのだ。その後、市のHPに掲載され、あるいは広報紙が時に取り上げることはあるが、それ以上の動きはない。

さて、上記のように「高速道路開通に向け『準備』した」と偽りの説明を重ねた首藤市長が、開通が迫る中の3期目の当選直後(H26.1.27)から、延岡の遅れを取り戻すことに忙殺され『準備』までは手が回らなかったと言い訳をしだした。「これまでの2期8年は、インフラ未整備の遅れを取り戻すことに主眼を置かざるを得なかった。東九州道が整備されたこれからは『追いつく』から新しい展開を目指す」(宮日H26.1.28) 「これまでは生活環境の未整備など延岡の遅れを取り戻す舵取りにならざるを得なかった。次の4年間は、新しい延岡のビジョンを夢として掲げ、政策を実行する」(夕刊デイリーH26.1.28) 卑しい言い訳だ。以前は、そのような発言は一切なかったし、「主眼を置いた」というインフラ整備はすべて建て替え工事。副市長以下で対応できる定常的な事業だ。実際に彼が忙殺されたのは、①他に類を見ない精力的な高速道路要望活動②各種ビッグイベントの開催や大規模な会議・集会の開催など③「新生のべおかプロジェクト」に見るような文書作成。「延岡市観光ビジョン」「県北定住自立圏ビジョン」「延岡市工業振興ビジョン」などなど枚挙に暇がない。合同記者会見で、「次の4年間は新しい延岡のビジョンを夢として掲げ実行する」と言うが、これまでに何回も聞かされた文言だ。今後も性懲りも泣く市民を惑わし続けるつもりだろうか。

同時に、「高速道が来さえすれば延岡はばら色になる」との従来の主張を翻した。上記の合同記者会見で、「高速道が通ってもばら色の未来が待っている訳ではない」「高速道路という道具があるだけで自動的によい結果が得られるものではない」と強調し、「市民は傍観者としての意識が高い。私たちは高速道路という道具を得た。どう活用するか市民みんなで考え、頑張っていこう」と呼びかけた。これも以前には決して言わなかったことである。東九州道は平成26年3月に宮崎市から延岡市まで、今年3月には大分市まで開通したが、いまだに、市外からの企業誘致はなく、人口減少も高速道開通を境に加速している。不都合な事実を隠す傾向のある首藤市長は、3期目の市長就任式で、「これから訪れる環境変化が、どんな結果をもたらすか予測したり、論評したりするのではなく、その変化に向き合うことが重要だ」と強調。要するに、「(私に)不都合なことは言うな」と教唆しているのだが、首藤市長が「市の発展のため」と言い続けてきた高速道要望活動の吉凶は時間が 証明する。

最後に今一度繰り返す。首藤市長の2期8年間の高速道路要望活動は市民のためだけではなく、自身にも好都合な側面があった。特筆すべきは、時間の経過とともに責任逃れの言い訳や変節が目立つようになったことだ。高速道の開通が近づくと、準備として「(偽装)新生のべおかプロジェクト」を前面に出し偽りの説明をする。次には、それを翻し「延岡のインフラ整備の遅れを取り戻すのに精一杯だった」と嘘の言い訳をする。同時に、「高速道路が来れば、ばら色になる」としてきた言い方を、「高速道が来ても、ばら色の未来は来ない。市民の頑張りが必要だ」として市民の責任に言及する。彼の言葉は、その場では真実らしく聞こえても、長いスパンで照らし合わせれば、「嘘や不誠実」が明らかになる。都合が悪くなる度に言葉で欺き、その場を乗り切ることに自信を持つ首藤市長のような人物は、課題や問題の解決に真剣に取り組まない傾向がある。そのような人物が長期間、権力と財源を委ねられ、「高速道一辺倒」の市政で延岡市を主導してきた。高速道路開通という事実が首藤市長の【欺瞞】をあぶり出す。これに対し、彼は市民の不満をそらすため、大イベントや大会議の開催などのパフォーマンスに励むだろう。11月には2年前の東京ガールズコレクション以上に大規模な「エンジン01」を催す。市民には、彼の自分都合を裏に隠す巧言や パフォーマンス的な施策に惑わされない鑑識眼が求められる。
 

(無題)

 投稿者:simon(管理者)  投稿日:2015年 4月13日(月)00時07分51秒
   先ほど、長尾さんの「当確」が出ました。おめでとうございました。また4年間、ホームページで長尾さんの活躍をお伝えできます。
 そして、統一地方選も明日から市会町会を決める後半戦です。
 もうひとふんばりして、ゴールデンウィークはゆっくりしたいものです。
 

詐欺師的な人物を市長に戴く延岡市民

 投稿者:松下潤治良  投稿日:2014年12月14日(日)14時52分30秒
  詐欺師とは「うまく人を騙して利益を得る人間」を言う。その特徴は、①言葉が巧みである。②100%の嘘は言わない。話の中に巧みに「嘘」を混ぜる。③不都合な事実は隠す。④自分を良く見せる。⑤これが最大の特徴だが、言葉の裏側に必ず「自己利益」を秘めている。延岡市の首藤正治市長は、言葉巧みに人を騙す詐欺師的な人物である。そのことを示す事例を、彼が書き続ける「職員への市長メッセージ」の中に数多く見出すことができる。最新(10月31日)の市長メッセージで、そのことを検証したい。

メッセージは次のように始まる。「昨日、シーガイアにおいて3000名規模で全国自治体病院学会が開催され、私も総会シンポジウムで「延岡モデルを目指して」というタイトルで『講演』する機会がありました」。 たったこれだけの文の中に、自分を良く見せるための「嘘」の混ぜ込みと「不都合な事実隠し」がある。実は地域医療に関するこの学会は、総会シンポジウムや臨床医学シンポジウムなど10の分科会に分かれて2日間、合計20回のシンポジウムが行なわれた。首藤市長が参加したのは初日の総会シンポジウムである。彼は「講演」したと書いているが、これは「嘘」。4人のパネラーの1人として、タイトルに関する「意見」を述べたに過ぎない。パネラーが、それぞれの意見を述べ、討議するのがシンポジウムである。彼は、こうした不都合な事実には一切触れず、「自分を良く見せる」ために「私は『講演』をした」と「嘘」をつく。

因みに、市長の隣にいたパネラーが、元仙台放送アナウンサーで慶応大の女性・準教授。地域医療の専門家で、当然、宣伝先行の延岡市の「地域医療を守る条例」などは知っている。彼は、こうした事実を知りながら、「横に座っておられた慶応大学の先生から「延岡モデルは有名なので楽しみにしてました』と声をかけていただき、びっくりすると同時に誇らしく思いました」と書いている。さらに、「『守る会』などで活動いただいている市民の皆さんや医師会の先生方、そして 頑張ってきてくれた市職員の皆さんの努力が高く評価されていると実感したところです」と書き、関係者を持ち上げる。「首藤モデル」とも言うべき慇懃丁寧なゴマすりだ。その一方で、彼らの上に立つ自分を暗に「自慢」しているのだ。

首藤市長にとって重要で嬉しいのは、「良く見られる」ことである。彼が唱える「延岡モデル」の「地域医療を守る条例」は、5年前のH21年9月に制定された。彼は、その年の「広報のべおか」12月号で「地域医療を守る条例は全国の注目を浴びている。延岡がうらやましいと県外の医者から反響がある。光明が見えてきた」と誇り、翌年の「広報のべおか」新年号では、「『地域医療を守る条例』の制定の他、医療シンポジュウムの開催など、本市の施策は全国の注目を集めるまでになりました」とPRした。H22年3月17日の「市長コラム」では「先日、大学の医学部を訪問したら、先生から『地域医療を守る条例』に関して高いご評価を頂いた」と喜び、さらに、平成22年の「広報のべおか」10月号の特集記事の中では、「『地域医療を守る条例』の結果は出てないが、『全国の医師から反響』がある。市民、医療機関、行政がここまで連携している自治体は他にはないからだ」と自慢した。しかし、翌年以降の「広報のべおか」の地域医療・特集記事からは、彼の発言は消えた。「地域医療を守る」運動の成果が出ていない証左だろう。彼にとって「物事の本質」とは「成果」ではなく、「良く見られる」ことなのだ。そこに、自己満足と自己利益がある。

市長メッセージに戻る。「①皆さんの魂を込めた取り組みは、知恵と工夫を生み、それが「延岡モデル」というかたちで結実したと言えるでしょう。②医師確保に奔走することも大事ですが、「表面的な取り組み」に終始することなく、③物事の本質を捉えて、そこに迫る効果的な手だてをとことん考えてきたことが成果につながったのです」と結ぶ。①の前段では、またもや皆をおだてあげ、後段では横に座った女性準教授が延岡の市民運動を知っていただけの現象を捉えて、皆さんの努力が「延岡モデルというかたちで結実した」とする。  そもそも、“地域医療”における“延岡モデル”とは何なのか。“地域医療”と“延岡モデル”で検索しても数件しかヒットしない。そのうちの多くは首藤市長が発信元
である。彼は、「『実体のない延岡モデル』に皆さんの努力が結実した」と言っているのだ。これは虚偽の論法だ。 さらに、彼は②の中で、喫緊の医師確保を「表面的だ」と蔑み、③において、「地域医療を守る」運動や宣伝活動を「物事の本質」を捉えた対策だと解説し、「成果」につながったと主張する。その「成果」の実態は、準教授が延岡の運動を知っていただけの事である。この①~③には言葉で人を騙す彼特有の「詭弁」が弄されている。

市長は続けて、「これは他のどんな分野においても同じで、難問に対峙する時こそ、その問題の本質はどこにあるのかをまずは明らかにすることに神経を使うべきです」と職員に説く。彼にその資格はあるのだろうか。彼は、「地域医療を守る」運動を地域医療問題の本質対策をだと言うが、5年を経過した現在、コンビニ受診の解消以外さしたる成果はない。当初は「広報のべおか」などで盛んに喧伝していた彼も今では口を噤んでいる。延岡市の地域医療問題の本質的な対策は「医師や家族が住みたいと思う魅力ある都市づくり」だ。しかし、これは難題だ。首藤市長は、これには対峙せず、安易な「地域医療を守る」運動を本質的な対策として市民を欺き、そこに逃げる。困難な課題を回避し、代わりに頭脳と言葉だけで、夢や理想を語るのが彼のエートスだ。その裏には、難題に取り組み成果を上げられず評価を落とすことを避けたいとの思いと、夢や理想を語り市民に希望を持たせ、自分の評価を高めたいとの「自己利益」がある。そこには市民の幸福や市の発展を目指す志はない。

市長は最後に、「県外の国会議員から、富山和彦氏の著作を紹介され読書した。皆さんも読むように」と促す。言外に①私には国会議員など豊富な人脈がある。②私は読書家で、本から新しい知識を常に吸収しているとの自慢が見える。このように首藤市長は、自分を「優れた市長だ」と思わせるために「市長メッセージ」を書き続けているようだが、その狙いとは裏腹に、自ら「詐欺師的な人物である」ことを端々に露呈する結果になっている。 ところで、市長は「市民の声を反映する」として、「市民協働まちづくり懇談会」を盛んに開催しているが、首藤正治市長の場合、「市民の声を反映する」との言葉を額面どおり受け入れることはできない。言葉の裏の「自己利益」を疑う。今回選挙の対立候補・小田忠良氏は「現市政は市民の声を反映しようとしていない」と喝破しておられた。 一般市民ならともかく、延岡の市長は毫も詐欺師的であってはならない。なぜならば、市民のために使われるべき「権限と財源」を、13万人都市・延岡で唯一1人だけ委任されているからだ。

 

(九保大新学部)県北市町村にも支援金を求める延岡市長の身勝手

 投稿者:松下 潤治良  投稿日:2014年10月 1日(水)21時00分7秒
  首藤延岡市長は市町村が連携する「広域行政」の必要性を強調する。「国は地方自治体に『広域行政』の推進を求めている」と言うのが口癖だ。「延岡市単独では出来ない事も、9市町村が連携すれば可能になる」とも言う。因みに、延岡市は平成21年、県北9市町村が広域的に連携する「県北定住自立圏」のリーダー的な役割を担うため、「中心市の宣言」を行っている。その上で延岡市は、「広域行政」の一環として北部広域行政事務組合(代表理事・首藤正治延岡市長)を通じ、「広域観光戦略」を進めている。その一つとして、宮崎空港に就航しているソラシドエアの機体側面に各自治体の観光をPRする広報活動がある。この7月11日、宮崎空港で運航開始セレモニーが開催された。9市町村の首長たちが出席した、その様子はテレビで放映され、新聞にも掲載されたが、主役は延岡市長。その「顔」と「主張(自治体単独ではなく、こうして県北が連携すると宣伝効果も大きくなる)」が各社報道陣によって大きく放映・掲載された。

こうした観光戦略は「総花的で高千穂など有力な観光地の印象が薄められ逆効果」との見方もできるが、いずれにせよ、「イベント」で最大の宣伝効果を享受したのは首藤正治延岡市長だった。因みに、県内5自治体も同じ広報活動をすでに実施中だが、いずれも自治体単独で観光地を広報している。私が知る限り、どの首長も延岡市長のように取り上げられることはなかった。「広域的行政活動」は「単独の行政7活動」に比べ、活動内容やセレモニー・イベント・会議なども規模が大きくなる。従ってその分、メディアが大きく取り上げてくれるという特典が生じる。そして、延岡市長に見るように、常に中心都市の首長が大きく報道される。自己顕示欲が強く、パフォーマンス志向の延岡市長が「広域行政」の推進に熱心な理由の有力な一つだろう。

さて延岡市の9月議会で、九保大の支援に関する論戦が行われた。そこでも、首藤市長は広域行政(県北定住自立圏)の必要性を強調した。「人口減少の問題は延岡市だけでなく、県北圏域全体の課題だ。若者にとって魅力ある圏域づくりを(広域的に)行なう必要がある」。延岡市長の思惑は何か。 ①延岡市単独の人口減少対策を県北全体の課題へと拡散して、市長としての責任を薄める狙いに加え、②県北全体のリーダーとしての立場を誇示したいとの思いもある筈だ。さらには、③こうした「広域行政」活動自体が、「自身のPR」や「自己顕示」に大きく役立つという思惑もあるだろう。

延岡市長の枠を超えて、「県北総市長」を意識するように映る首藤市長の新たな戦略が見えてくる。市長は8月27日の夕刊ディリー紙上で、九保大支援7億円の【根拠】を市民向けに説明。その中で、「新学部設置は県北全体に各種効果がある。従って、延岡を除く県北8市町村も支援を負担すべきだ」との理論を盾に、延岡市の九保大支援7億円の一部を県北9市町村が肩代わりすべきだと主張。北部広域行政事務組合(代表理事・首藤延岡市長)を通じて拠出させる事にした。九保大設置時の議論や、今回の新学部支援の是非の議論に参画できない周辺自治体が、延岡市長の「都合」のために支援金だけを拠出するのは奇妙な話である。金額の多寡ではなく、延岡市長の自己中心性が問題である。9月市議会で市長提案(九保大支援7億円)は可決されたが、「学生の確保は大学の責任だ」「ほかに喫緊の課題があるのでは」「新学部ができても、これまでの学生の減少分を補うに過ぎない。新たな経済果といえるのか」「経済効果があるというが、一部の人や団体ではないか(注1)」などの疑問が噴出。因みに、卒業生のうち延岡市に就職するのは「6%」に過ぎないという指摘もある。

このように、延岡市においてすら、九保大支援に疑問の声が多く、市長と延岡市民との「合意形成」もない中、延岡市長は周辺自治体に「補助金」の拠出を誘導し、確定する。国が薦める「広域行政」を「虎の威」にした理不尽な要請であり、中心都市の延岡市長による周辺市町村への巧妙かつ傲慢な【上納金】の強要だと言える。こうした手法は、市町村の「主体性」を重んじるべき「広域行政」の基本に背く。繰り返すが、延岡市長は「新学部設置は県北全体に各種効果がある。従って、延岡を除く県北8市町村も支援を負担すべきだ」として周辺自治体へ財政支援を要請する。一理はあるが、強者による自己中心の発想だ。狡猾で品格のない「がめつさを」感じる。この理屈が通るならば、周辺地域の自治体は今後、事あるごとに財政協力を余儀なくされる。中心都市・延岡の自己中心的な主導性が県北の「不和の種」になり、県北発展の阻害要因になりかねない。

「広域行政」では中心都市の首長の「良し悪し」の影響が、当該都市のみならず地域全体へ及ぶ。その首長が利権団体や一部の市民の利益を優先するなど【親疎の区別に捉われる性格】の場合には、中枢から疎遠な周辺自治体が蔑ろにされ、これまで以上に状況が悪化する事になりかねない。自分たちが選んではいない中心都市の市長の資質によって、自分たちの生活が悪化する事態は受け入れがたい。県北地域では、「県北定住自立圏」のリーダー首藤延岡市長の「良否」が延岡のみならず県北地域全体に影響する。言葉優先の唯我独尊的な延岡市長のリーダーシップが、元気な日向市や門川町の勢いを殺いだり、他の町村の地道な努力を邪魔するなどの事態は好ましくない。作文重視・イメージ重視の延岡市の行政体質が、職員が少ない他の自治体に浸透し、新たな負荷を生むような事態も好ましくない。

「広域行政」において第一義的に重要なのは、県北9市町村の「独立性」が損なわれない事である。それぞれの地域を良くして行こうとする市町村の「自主性」「自律性」の邪魔をしない事だ。その事を基盤として、「広域的な」連携・協力が実効的に推進されるべきである。「県北定住自立圏」の中心都市である延岡市の首藤市長に求められるのは、「自己中心的」なリーダーシップではなく、周辺自治体(8市町村)との「和」を基調とした広域連携の推進である。                                                                           松下潤治良

(注1)首藤市長には過去に、 「経済効果」を重視し、清本鉄工がある大連市との友好都市締結や大型訪問団などに税金を投入した前歴がある。「経済効果」が優先されれば、大学の拡大、縮小、閉鎖の危機に際しても市民生活を犠牲にする税金投入が実施されかねない。



 

(九州保健福祉大支援)「7億円補助の根拠」が明らかにした延岡市長の「詐欺師」的な本質

 投稿者:松下潤治良  投稿日:2014年 9月17日(水)19時24分15秒
  首藤市長は、九保大(九州保健福祉大)から「新学部開設費用15億円の半分程度を補助して欲しい」と要請されていたが、8月25日の記者会見で「7億円を財政支援する。この額は先方から要請された半分程度ではなく、独自の効果算定に基づくものだ」と自身の主体性を強調。そして2日後の27日には、地元夕刊紙の1頁全面を使い、「7億円補助の根拠」の説明文を掲載させた。この説明文の特徴の一つ目は、市長発表の補助金「7億円」を正当化するために各種の数値・算式を盛り込み、市民の関心を経済効果の「有り無し」に誘導し、市民を納得させようとする【狡猾】な内容になっていることだ。二つ目の特徴はさらに悪質だ。市民の不満をなくすため、不都合な事実(新学部を開設しても九保大の学生数は増えない)を【知らん振り】して、新学部開設による経済効果が現状に加算されるような印象を与える論述になっていることだ。

【狡猾】な内容の第1は、九保大のこれまでの経済効果を、「広報のべおか」(8月号)に引き続き取り上げ、執拗にPRしていることだ。「これまでと同様に新学部も、延岡に大きな経済効果をもたらす」という先入観を市民の心に刷り込むためだろう。【狡猾】な内容の第2は、本題の新学部開設の効果算定に関して、効果の高いケースと低いケースの二つを試算し、全学生が揃うまでの4年間の経済効果を、高い方で約8億円、低い方で約7億円と算出。「補助額は低い方の7億円を採用する」としたことだ。市民の歓心を得るためと、市民に「『7億円』の支援額は大きくない」と思わせようとするずる賢い思惑がある。二つの値札を示し品物を買わせる小利口な子商人の発想だ。

【狡猾】な内容の第3は、起債した補助金の償還期間を15年間とし、その間の経済効果を40億円、波及効果を59億円として大きく取り上げていることだ。市民に対し、1.この分だけ、経済が良くなると期待させる。(後述するが、この効果が現状に上乗せされる訳ではない)2.市民に対して、「補助金『7億円』に比べて格段に高い効果をもたらす」と思わせようとの思惑がある。因みに、これらの試算は九州経済調査会に委託している。市役所にも同様の試算能力はあるはずだが、税金を使ってまで他の機関に依頼した真意は何か。市長たちが発表する数値に権威をもたせるためだろう。しかし、試算の前提を作るのは市長たちだ。自分たちに都合の良い数値へと導くために知恵を凝らすこともできる。

さて、市長は「7億円」の根拠を「新学部の学生が揃う4年間に市が享受する経済効果」としているが、たまたま、「7億円」という予定数値に合致したので、そう説明しているに過ぎない。これが10億円や4億円など「7億円」とは異なる数値が出れば、違う「根拠」を考え出したに違いない。市長は当初から、「九保大が要求する『15億円の半分程度』を支援したい」と公表しており、先方の要請金額に縛られていたのは明らかだ。しかし首藤市長は、「そうではない」とする【根拠】を考えだす。夕刊紙を利用して、市民の心を自分の方向へ説得・誘導しようと企むが、逆にその紙面から、首藤市長の【狡猾】な心が見て取れる。【狡猾】な人間は、その能力を他人のためより、自分の利益のために優先的に使う。今回に限らず、首藤市長の行政運営には【狡猾さ】が見え隠れする。しかも、その【狡猾さ】が【高度】な知恵や博識と結合しているから極めて始末が悪い。

以上は地元夕刊紙に掲載された「7億円根拠の説明文」に見る、首藤市長の【高度】な【狡猾さ】を示す事例なのだが、今回の説明文書を通じて、その【狡猾さ】以上の【悪質さ】を示す「事実」が判明する。
市長は、「新学部開設後の4年間で7.3億円の経済効果が、15年間で40億円の経済効果と59億円の波及効果がある」と市民に公表した。市民は当然、今後この経済効果や波及効果によって延岡の経済状況が今より良くなると期待する。しかし、延岡市民が、これらの経済効果を実感することはない。何故ならば、九保大は新学部開設によって、確かに60人増員するが、他の学部で60人削減するので、学生の総数は増えないからだ。延岡市の経済にとっては、新学部の人数以上に重要なのは、全体の学生数である。しかし市長は、この重要な事実を【知らん振り】する。その上で、新学部60人分の経済効果額を詳細に計算し新聞紙面で大々的に広報する。だが、マイナス60人分の、同額の損失額については【知らん振り】だ。

九保大支援への市民の理解を得るという自己利益のため、不都合な真実を【知らん振り】し、市民を欺き籠絡する首藤正治市長。不都合な事を【知らん振り】するかどうかは、リーダーの適性を知る最高の試金石である。首藤市長の場合、好都合な情報は必要以上に流すが、今回に限らず、不都合な事は【知らん振り】をして自己利益を求める習性が見受けられる。例えば、平成22年1月に行われた2期目の選挙の際も、彼は60項目からなるマニフェストを発表したが、「新庁舎建設」については、反対票が増えるのを計算。一言も触れず【知らん振り】を通し、再選を果たした。類似の事例は他にもある。暴力団が身分を隠し、ゴルフ場を利用した事が、【詐欺罪】に問われる事件があったが、首藤市長の不都合な事実の【知らん振り】は、これと同根ではないか。もはや、【狡猾な人物】という範疇から、【詐欺師】の範疇へ移行されるべきだろう。【詐欺師】は自分を善人に仕立て、言葉巧みに利益を手に入れようとする人種である。「言葉」と「心」が分離している人間を言う。豊富な語彙を巧みに操り、自己利益のために市民を籠絡する首藤正治市長。延岡市における問題の根幹は、【詐欺師】の特性に重なる人物に権力と財源を委ね、延岡の舵取りを任せていることである。市民すべてに強い監視力が求められる。

追記1:以上は、市長の人格的な面に見る問題点だが、市長の「税金の使途の優先度」にも問題がある。今回の大学支援の【根拠】でも明らかなように、税金の使い道を経済効果優先で判断する傾向がある。累進課税制度で集められた税金は、市民の幸せのために公平に使われるべきだ。しかし、首藤市長の下では、その税金が大学経営安定のため、そして大学生のアパート建設やアパート経営者など偏って使われる。高齢者や障害者など弱者への配慮、街や公共施設の清掃美化、魅力あるまちづくりなど、市民サービスへ金がまわらなくなる。市長は、「他にもお金が必要な事が沢山あるのではないか」という市民の質問、即ち市長としての重要課題に真剣に答える必要がある。

追記2: 市長は新学部の定員数240人(60人×4学年)の15年間の経済効果を40億円、波及効果を60億円と計算して見せたが、その15年間の10年後の2040年には、日本創成会議が「896自治体(県内15市町村)が若年女性人口50%以上減少し、消滅の可能性がある」と指摘している。延岡市は47%でそれに近い。市長は、この後15年間、そしてその後の新学部を含む九保大の学生数の推移をどう見ているのか。一方で、すでに延岡市の人口は北川合併当時の13.5万人から8月1日時点で12.7万人へと8,000人が減少し、莫大な経済損失が生じたことになる。市長には「東九州の基幹都市・延岡市」のOECとしての危機感と自覚が求められる。

 

(九保大新学部支援)市民を篭絡する不誠実な市長の理由説明

 投稿者:松下潤治良  投稿日:2014年 9月15日(月)19時57分8秒
  延岡市の九州保健福祉大学が、市長に学部新設への支援を求めている。そんな中、首藤市長が、「新学部開設支援について」(6月30)と題する「市長メッセージ」を書いて支援理由を説明している。「虎の威を借りる」習性が強い首藤市長が、目に着けたのが、日本創成会議の「大学へ投資できる制度が必要」という文言だ。「人口減少を防ぐ『処方箋』が示されています」と述べ、支援の理由として冒頭に取り上げている。これは、同様に九保大支援を主張する「市長コラム」(7月10日)や「広報のべおか」(7月号)でも見られる段取りである。だが、市長が取り上げた件は文書全体のほんの瑣末部分に過ぎない。日本創成会議は先ず、①自治体すべての今後30年間の若年女性の人口減少率を算出し、50%以上の自治体896を「消滅可能性都市」と命名。全国の自治体に警鐘を鳴し、②その上で、「人口減少対策」に関する多岐に渡る論述を展開。延岡市を含む全国の自治体に、「若者世代の経済的基盤の確保」、「若者に魅力ある都市づくり」などに関する長期ビジョンと総合戦略の策定と実行を求めている。つまり、基盤的な「地方の建て直し再興」を要請しているのだ。これに対して延岡市長は、根幹をなす重要部分は一切触れず、ほんの数行だけ書かれている枝葉部分だけを大々的に取り上げ、自己都合のために利用している。

実は延岡市の同女性減少率は四捨五入すれば50%。実態は「消滅可能性都市」なのだが、市長はこの事実に言及することはなく、【知らん振り】をする。そして、同会議が求める「地方の建て直し再興」に関しても【知らん振り】を決め込んでいる。市長が知って、市民に知らせるのは、「大学へ投資できる制度が必要」という文言だけである。元総務大臣の増田寛也氏を座長とする日本創成会議のメンバーは、自分たちが警告・提唱する根幹部分を無視、日本創成会議の名前をかたり、自己都合の些末部分だけ利用する延岡市長の狡猾な対応に怒りを禁じえないのではないか。延岡市の人口は減少中だ。平成25年度は▲1,151人、24年度は▲1,156人。数年前まで13万人台だった人口は、今では12万台に落ち込んでいる。一方、市長が人口増の効果を喧伝する九保大新学部の学生数は60人。延岡というバケツに方々で穴が開き、人口という水が漏出している。穴を防ぐ努力を怠り、お猪口の水を注ぐだけの首藤市政。自己都合の指示された「処方箋」だけ行なうのは、自己中心のわがまま患者の心得。市長の心得ではない。

さて、冒頭で「虎の威を借りた」首藤市長は、市民の「(1)他にもお金が必要な事が沢山ある(2)一つの私立大学に何度も資金援助するのはおかしい」と言う声を取り上げ、先ず(2)に関して4っの観点から反論を述べている。

その1「九保大新設の際に国・県・市で80億円、薬学部開設に市が20億円の補助を行った。九州経済調査協会に委託して調査したところ、(中間報告として)直接経済効果が500億円、間接効果も含めると700億円以上という結果が出て.る。成功だった*」。市長は、「だから、今回の九保大補助も成功する」と市民の心を誘導するが、今回も同様に成功すると言う保証はどこにもない。(*これを言うために急遽、わざわざ調査機関に税金を投入した)

その2「大学の新学部を誘致したいという自治体は多いでしょう。九保大の姉妹校、吉備国際大学の最近の新しい学部を見てみると、南あわじ市や岡山市に開設されており、南あわじ市は相当な規模の金額の開設支援をしています。その土地に既存の大学であっても、新学部開設に際して市のサポートの熱意がなければ他の都市に流れてしまうのが現実です。延岡市はメディカルタウン構想に邁進、大学に新展開を要望してきました。だからこそ、生命医科 学部設置の第1候補として延岡市を考えてくれたのだと思います」。市長は何を言いたいのか。「もたもたしていると新学部は他市へ持っていかれるぞ。  しかも、この新学部設置は延岡市から大学へ要望していた。断るわけにはいかない」と延岡市民の心を【篭絡】する。慇懃丁寧な説明に潜む「脅迫」といえるだろう。
 その3「新設の生命医科学部はどんな地域貢献につながるのか。ここで臨床検査技師や細胞検査士が養成され、ガンの早期発見という分野で大きな力を発揮してくれることになる。ましてや、がん細胞研究所が併設される。国家戦略ともいえる再生医療分野のiPS細胞のガン化研究が主要テーマに設定されている。これも大きく地域活性化に貢献してくれると思う」。市長は言葉巧みに将来の可能性を語るが、その通りになる保証はない。

その4「(イ)大学への補助は、地域へより大きなリターンを期待する【投資】的な意味合いを持っている。別個の企業誘致案件のような気持ちで取り組む必要がある。(ロ)だから支援の回数自体は本質的な問題ではないと思う」と述べている。市長は(イ)を(ロ)の「支援の回数自体は問題ではない」と言う「いい訳」だけに利用し、ここで触れるべき二つの事に【知らん振り】している。一つ目は支援金額(投資額)に触れていないことだ。市長が(イ)で述べているように、大学支援の是非は、支援金額(投資・Investment)に対する見返り(Return)、すなわちROI的な観点から判断されるべきことであり、市長が強調するメリットやリターンだけでOKと判断される事はありえない。ただし、ROI(Return On Investment)が高ければ、それで即OKともならない。税金を使うべき他の件名との優先度などの検討が必要だ。市長が【知らん振り】している二つ目は、市民の「他にもお金が必要な事が沢山あるのではないか」という重要な質問に答えていないことだ。他に税金を投入すべき件名。それら件名の中における本事案の優先順位。財政状況。-などを明確にした上で、総合的な観点から支援の是非と金額が決められるべきである。

ここで、市長の「大学支援の理由」を今一度整理する。①日本創生会議が大学支援を勧めている。②これまでの九保大支援は成功だった。③新学部開設は市の要請。早く決めないと他市に取られる。④新学部開設は延岡に夢をもたらす-というのだが、メリットだけを列挙しているに過ぎない。言葉巧みに理路整然と述べ市民の心を自己都合の方向へ誘導しょうとの意図がある。物事がメリットやリターンだけで決まるのであれば、支援金額は相手が要求する17.5億円でも、全額の35億円でもよい。際限なくOKだ。少子化の中、今後の九保大からの支援要請に対しても、何らかのメリットを見つけ、限りなく支援を続けることになる。今回の市長メッセージ(6月30日)、市長コラム(7月10日)、そして広報のべおか(7月号)。いずれも、九保大関係者が書いたと言われてもおかしくない九保大寄りの内容だ。首藤市長は最後に、「私の考え方を職員の皆さんには明確に理解していただいて、対外的な発言の機会が あれば、是非ともこうしたことを熱意を込めて述べていただきたい」と結んでいる。市長は職員に対して九保大寄りの立場で市民を説得するように求めているのだ。
それはさておき、最後に指摘すべき首藤正治市長の悪質さは、あらゆる場面で、不都合な事柄に【知らん振り・事実隠し】を繰り返し、言葉巧みに市民を【誘導・篭絡】していることだ。市長として許されるべきことではなく、許してはならないことである。

 

提案:「憲法解釈変更」に抗議すると同時に「この憲法でいいか国民投票をしろ」と抗議する。

 投稿者:ジョン・スミス  投稿日:2014年 7月 1日(火)14時24分24秒
  理由:
「憲法解釈変更」とは「国民のみなさんが憲法を独自に解釈していい」です。
その結果、テロ事件が相次ぐでしょう。
*
憲法は国民が権力者を縛る為にあります。
しかし、有権者が憲法解釈変更を言う総理をクビにできません。
その結果苦労するのは公明党の地方議会です。
*
アメリカが合衆国憲法を決めた時は、全州(当時は13州)のうち9州の賛成で施行するとしました。
しかし、日本国憲法は帝国議会が決めました。
主権者に無断で施行しています。
そこで題名の件を提案します。
以上。
 

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